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最高裁判所大法廷 昭和45年(行ツ)61号 判決

上告人

東京都地方労働委員会

右代表者会長

塚本重頼

右指定代理人

斉藤優

田中尚

右補助参加人

東京自動車交通労働組合

右代表者執行委員長

上条保二

外六名

右七名訴訟代理人弁護士

渋田幹雄

外九名

第二鳩タクシー株式会社訴訟承継人

被上告人

安全興業株式会社

右代表者代表取締役

太田邦彦

右訴訟代理人弁護士

渡辺重視

外二名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由第一点、第二点及び上告補助参加人東京自動車交通労働組合代理人渋田幹雄、同土生照子、同安田叡、同石野隆春の上告理由について

所論は、要するに、不当労働行為により解雇された労働者がその解雇期間中に他の職に就いて収入を得た場合、右収入の額を控除しないで賃金相当額の遡及支払い(バックペイ)を命ずることは違法であるとして上告委員会の救済命令を取り消した原判決には、労働委員会の裁量権の範囲とその司法審査の限界に関する労働組合法(以下「法」という。)及び行政事件訴訟法の解釈を誤り、ひいては労働基本権を保障した憲法の規定の解釈、適用を誤つた違法があり、また、法の基本原理である公平の理念に反した違法がある、というのである。

一思うに、法二七条に定める労働委員会の救済命令制度は、労働者の団結権及び団体行動権の保護を目的とし、これらの権利を侵害する使用者の一定の行為を不当労働行為として禁止した法七条の規定の実効性を担保するために設けられたものであるところ、法が、右禁止規定の実効性を担保するために、使用者の右規定違反行為に対して労働委員会という行政機関による救済命令の方法を採用したのは、使用者による組合活動侵害行為によつて生じた状態を右命令によつて直接是正することにより、正常な集団的労使関係秩序の迅速な回復、確保を図るとともに、使用者の多様な不当労働行為に対してあらかじめその是正措置の内容を具体的に特定しておくことが困難かつ不適当であるため、労使関係について専門知識経験を有する労働委員会に対し、その裁量により、個々の事案に応じた適切な是正措置を決定し、これを命ずる権限をゆだねる趣旨に出たものと解される。このような労働委員会の裁量権はおのずから広きにわたることとなるが、もとより無制限であるわけではなく、右の趣旨、目的に由来する一定の限界が存するのであつて、この救済命令は、不当労働行為による被害の救済としての性質をもつものでなければならず、このことから導かれる一定の限界を超えることはできないものといわなければならない。しかし、法が、右のように、労働委員会に広い裁量権を与えた趣旨に徴すると、訴訟において労働委員会の救済命令の内容の適法性が争われる場合においても、裁判所は、労働委員会の右裁量権を尊重し、その行使が右の趣旨、目的に照らして是認される範囲を超え、又は著しく不合理であつて濫用にわたると認められるものでない限り、当該命令を違法とすべきではないのである。

二右の見地に立つて法七条一号に違反する労働者の解雇に対する救済命令の内容について考えてみると、法が正当な組合活動をした故をもつてする解雇を特に不当労働行為として禁止しているのは、右解雇が、一面において、当該労働者個人の雇用関係上の権利ないしは利益を侵害するものであり、他面において、使用者が右の労働者を事業所から排除することにより、労働者らによる組合活動一般を抑圧ないしは制約する故なのであるから、その救済命令の内容は、被解雇者に対する侵害に基づく個人的被害を救済するという観点からだけではなく、あわせて、組合活動一般に対する侵害の面をも考慮し、このような侵害状態を除去、是正して法の所期する正常な集団的労使関係秩序を回復、確保するという観点からも、具体的に、決定されなければならないのである。不当労働行為としての解雇に対する救済命令においては、通例、被解雇者の原職復帰とバックペイが命ぜられるのであるが、このような命令は、上述の観点からする必要な措置として労働委員会が適法に発しうるところといわなければならない。

三ところで、本件における問題は、不当労働行為により解雇された労働者がその後原職に復帰するまでの間において他で就労して収入を得た場合に、労働委員会は、原職復帰とともにバックペイを命ずるにあたつて、解雇期間中の得べかりし賃金相当額から右の中間収入の額を控除しなければならないかどうか、ということである。そこで考えるのに、

(一)  まず、右解雇によつて被解雇者個人が受ける経済的被害の面をみると、被解雇者は、解雇によつて従前の使用者の下で就労して賃金の支払いを受けるという雇用関係上の利益を喪失する点において個人的な被害を受けるのであるが、他面、右使用者の下における就労から解放され、自己の労働力を自由に利用しうる状況に置かれるわけであるから、他に就職して収入を得た場合には、それが従前の就労からの解放によつて可能となつた労働力の使用の対価であると認められる限り、解雇による経済上の不利益はその限度において償われたものと考えられ、したがつて、パックペイとしてその既に償われた部分までの支払いを命ずることは、個人的な経済的被害の救済の観点からする限りは、実害の回復以上のものを使用者に要求するものとして救済の範囲を逸脱するものと解される。もつとも、この観点からみる場合においても、第一審判決の指摘するように、解雇と中間収入の獲得との間に前述のような因果関係があるということだけから直ちに、右の中間収入の全額について経済的不利益の回復があつたものとみるべきではなく、労務の性質及び内容もまた労働者にとつて重要な意味をもつものであることは明らかであるから、例えば、被解雇者に中間収入をもたらした労務が、従前の労務と比較して、より重い精神的、肉体的負担を伴うようなものであるとき、これを無視して機械的に中間収入の額をそのまま控除することは、被害の救済としては合理性を欠くことになるといわなければならない。

(二)  次に、右解雇が当該使用者の事業所における組合活動一般に対して与える侵害の面をみると、前述のように、この侵害は、当該労働者の解雇により、労働者らの組合活動意思が萎縮し、そのため組合活動一般に対して制約的効果が及ぶことにより生ずるものであるから、このような効果を除去するためには、解雇による被解雇者に対する加害が結局において加害としての効果をもちえなかつたとみられるような事実上の結果を形成する必要があるものというべきである。中間収入の控除の要否とその金額の決定も、右のような見地においてすべきであるが、組合活動一般に対する制約的効果は、当該労働者が解雇によつて現実に受ける打撃の軽重と密接な関係をもち、再就職の難易、就職先における労務の性質、内容及び賃金額の多少等によつてもおのずから異ならざるをえないものであるから、組合活動一般に対する侵害の除去という観点から中間収入控除の要否及びその金額を決定するにあたつては、これらの諸点を勘案し、組合活動一般について生じた侵害の程度に応じ合理的に必要かつ適切と認められる救済措置を定めなければならないのである。

上述したところからすれば、不当労働行為による解雇に対する救済命令においてはバックペイの支払命令が不可欠なものであり、このことは解雇期間中被解雇者に中間収入があつたかどうかによつて影響を受けるものではないとする見解は、是認することができず、そのような見解を前提とし、中間収入の有無を全く考慮せず、常に、解雇期間中における得べかりし賃金相当額全額の支払いを命ずることは、被害の救済としては合理性を欠くものといわなければならない。

(三)  これを要するに、中間収入控除の要否及びその金額を決定するにあたつては、労働委員会は、右の(一)及び(二)の両面からする総合的な考慮を必要とするのであつて、そのいずれか一方の考慮を怠り、又は救済の必要性の判断において合理性を欠くときは、裁量権の限界を超え、違法とされることを免れない。

当裁判所昭和三六年(オ)第五一九号同三七年九月一八日第三小法廷判決・民集一六巻九号一九八五頁は、上記説示と抵触する限度において、変更すべきものである。

四なお、付言するのに、不当労働行為としての解雇を使用者の事業所における組合活動一般に対する侵害の面に着目して一元的にとらえ、救済命令についても専ら右の観点のみからその必要性と適切性を判断してその内容を決定すべきものとする考え方があるが、この考え方は、不当労働行為としての解雇が被解雇者個人に与える侵害の面を不当に軽視するものというべきである。もともと、法七条一号に違反する不当労働行為においては、使用者は、個々の労働者に対する不利益取扱いをするとともに、これによつて労働者らの団結権及び団体行動権を侵害するのであつて、その侵害の結果が不利益取扱いを受けた個々の労働者に対しても等しく現実に生ずるものであることは、否定し去ることができない。また、不当労働行為としての解雇に対する救済として、解雇された労働者の原職復帰を命ずるとともに解雇期間中の得べかりし賃金相当額のバックペイを命ずるというのも、当該労働者に生じた解雇という被害に着目し、就労の機会が奪われたことに対して原職復帰を、賃金取得の可能性が奪われたことに対してバックペイを、それぞれ命ずるものであつて、その救済はあくまでも被解雇者当人の個人的要素を無視しては実現することができないものなのである。このような不当労働行為としての解雇の本質及びその救済方法の内容に照らせば、労働委員会がバックペイの要否及びその金額を決定するにあたつては、解雇が使用者の事業所における組合活動一般に与えた侵害を除去、是正して正常な集団的労使関係秩序を回復、確保するという観点からだけではなく、被解雇者に対する侵害に基づく個人的被害を救済するという観点にも立つて、これを決定すべきことは、むしろ当然であるといわなければならない。

また、労働委員会としては、バックペイ命令に際し、中間収入の控除を考慮するの煩に堪えないとする論もあるが、労働委員会は、中間収入の控除の要否及び控除の程度の決定に関係がある前記三の(一)、(二)の諸点について、両当事者の主張立証するところと職権調査の結果とを総合して勘案すれば、その決定にさほどの困難をきたすことがあるとは考えられない。

五以上の見地に立つて本件をみるのに、原審が適法に確定したところによれば、上告補助参加人戸所保外五名は、ハイヤー・タクシー業等を営む被上告会社に自動車運転手として雇用された者であるところ、雇用されてからそれぞれ半年ないし三年半ほど経つてから解雇され、その後、一人が約半年後であるほかは、早い者は解雇の日の翌日、遅い者でも約一か月後には他のタクシー会社に運転手として雇用され、従前の賃金額には及ばないまでもこれに近い金額の収入を得ていたというのである。これによつてみるときは、右上告補助参加人らの得た中間収入は、いずれも従前の労務と同じくタクシー会社の運転手として稼働したことによつて得たものであるから、解雇による個人的な経済的被害の救済という観点からは当然にその控除を考慮すべきものである。また、組合活動一般に対する侵害的効果の除去の観点からみても、上記認定の諸事実と、当時のタクシー業界における運転手の雇用状況、特に同業他社への転職が比較的頻繁かつ容易であつたこと等に照らせば、たとえ上告補助参加人らの他会社への転職が、同人らの主張するように、臨時採用にかかるものであり、また、その収入も専ら歩合給としてであつて従前のような固定給の保障を欠くものであつたとしても、解雇による被解雇者の打撃は比較的軽少であり、したがつてまた、被上告会社における労働者らの組合活動意思に対する制約的効果にも、通常の場合とかなり異なるものがあるとみるのが当然であるから、特段の理由のない限り、バックペイの金額を決定するにあたつて上記のような中間収入の控除を全く不問に付することは、合理性を欠くものといわなければならない。しかるに、上告人は、本件バックペイ命令において右中間収入の控除を全く不要とすることにつき特段の理由を具体的に示すところがなく、また、本件にあらわれた資料によつても、このような理由を見出すことができないのである。そうである以上、本件バックペイ命令は、結局において、上告人に認められた裁量権の合理的な行使の限度を超えたものといわざるをえない。

六右の次第であるから、原判決には、上記説示と異なる解釈をとつた点において法令の解釈、適用の誤りがあるが、本件バックペイ命令に裁量権行使の違法があるとしたこと自体は正当であり、論旨は、結局、理由がない。

上告人の上告理由第三点について

解雇が無効である場合の被解雇者の賃金請求権及びその金額と労働基準法二六条との関係は、労働委員会による救済命令としてのバックペイ命令の金額の問題とは直接の関係がないから、所論のような抵触の問題は生じない。論旨は、採用することができない。

同第四点について

論旨は、原判決を正解せず、又は独自の見解に立つてこれを非難するものであつて、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法三九六条、三八四条二項、九五条、八九条に従い、上告人の上告理由第一点、第二点及び上告補助参加人東京自動車交通労働組合代理人渋田幹雄外三名の上告理由について、裁判官岸盛一、同団藤重光、同本林譲、同服部高顕、同環昌一の各反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官岸盛一の反対意見は、次のとおりである。

私は、不当労働行為にあたる解雇に対する救済命令において、労働委員会が、原職復帰とともに解雇期間中の得べかりし賃金相当額の遡及払いを命ずるにあたつては、解雇された労働者が解雇期間中に他で働いて得た中間収入のごときは、これを控除すべきではないと考える。

その理由は、次のとおりである。

一  労組法七条の規定を受けた同法二七条の不当労働行為救済命令の制度は、使用者による組合活動侵害行為である不当労働行為によつて生じた違法状態を行政機関である労働委員会の救済命令によつて直接是正することによつて、正常な集団的労使関係秩序を回復、確保しようとする趣旨に出たものであり、また、同法七条一号が正当な組合活動をした故をもつてする解雇を不当労働行為として禁止しているのは、使用者が自己の事業所における労働者の正当な組合活動一般を抑圧ないしは制約しようとすることを封ずるためであるから、不当労働行為としての解雇に対する救済命令の具体的内容を決定するにあたつては、解雇された労働者個人の被害の救済の観点からではなく、専ら右の組合活動一般に対する侵害の面に着目し、この侵害を直接排除して、正常な集団的労使関係秩序を回復、確保するためには何が必要な処置であるかという観点から、その内容を決定すべきものであり、このことは、裁判官団藤重光外三裁判官の反対意見の説くとおりであると考える。

このように、不当労働行為としての解雇が当該事業所の労働者の組合活動一般に与える侵害の面のみに着目し、この侵害を直接是正するにはどのような措置が必要かという観点に立つて考える限り、解雇という加害行為は、必然的に従業員としての地位を奪い、その者の就労の機会とその対価としての賃金の取得の可能性を喪失させるものであるから、遡及的にその加害の行為を無に帰せしめ、組合活動に対する侵害を除去するためには、使用者に対して、被解雇者を原職に復帰させるとともに、原則として解雇されていた期間中の得べかりし賃金相当額金額の支払いを命ずべきであつて、中間収入はこれを控除すべきでないと考える。けだし、不当労働行為制度は、労働者の団結権・団体行動権を侵害する使用者の不当労働行為によつて生じた状態を是正して労使関係秩序を回復、確保するため、その不当労働行為がなかつたと同様の状態を復元することを使用者に義務づけたものと解されるのであるから、解雇された労働者が解雇期間中他で稼働して得た中間収入などは、当該労働者個人の経済的被害の救済の観点からは問題とされうる事柄であるにしても、右のような使用者の復元義務とは本質的な関連性をもたない付随的な被解雇者の利益として、失業保険金などと同様にバックペイの額から控除すべきではないと考えられるからである。不当労働行為制度は、労働者の団結権・団体行動権の擁護を定めた憲法二八条の規定を受けて、専ら正常な集団的労使関係秩序の回復、確保という観点に立つて不当労働行為からの救済を図る特別の制度と解されるのであり、被解雇者が従前の使用者のもとで就労できないため、やむをえず他で働いて収入を得たということは、本来、使用者にとつては無縁の偶然的な事情であつて、専ら右のような労使関係秩序の回復、確保という観点に立つ労働委員会の視野に入らない事柄というべきである。そして、このような労働委員会の救済命令において中間収入を控除しない得べかりし賃金相当額全額のバックペイが命ぜられた結果、被解雇者が中間収入の額だけ余計の経済的利得をしたとしても、それは専ら使用者と右被解雇者との個人的な法律関係上の問題として別途に司法的処理によつて解決されるべきものであつて、労働委員会の関知するところでないというべきである。バックペイ命令は右のような趣旨において発せられるものであり、労働委員会が使用者と被解雇者個人との私法上の法律関係にまで立入り審査しなければならないものでないことは、行政処分である救済命令の本質からして当然である。

なお、私は、右のように、中間収入を控除しない点に救済命令制度の一つのメリットがあると考えるが、さればといつて、労働委員会にはバックペイの額の決定についてなんらの裁量権がないというのではない。ひとしく不当労働行為といつても、解雇の具体的事情等により労使関係に与えるひずみには大小の幅があり、当該事業所における労働者らの組合活動一般が受ける侵害の程度もまた一様ではないのであるから、労働委員会がバックペイの要否及びその金額を決定するにあたつては、中間収入、失業保険金の有無等使用者の前記復元義務と無関係な付随的事項は別にして、解雇の具体的事情等不当労働行為が労働者らの組合活動一般に与える侵害の大小に影響を及ぼす事情を参酌し、それぞれの事案における労使紛争の実情に即した適切妥当な裁量を加えることができるのは当然のことというべきである。

二  もともと労組法二七条の不当労働行為救済命令の制度は、米国のワグナー法ないしタフト・ハートレー法に由来するものであるところ、米国においては、不当労働行為としての解雇に対する救済命令として原職復帰とともにバックペイが命ぜられる場合には、解雇期間中の得べかりし賃金相当額から同期間中他で働いて得た中間収入を控除した残額について支払命令が発せられる取扱いが一般のようであるが、しかし、我が国と米国とでは労働事情ならびに法律制度が全く異なり、米国における右の取扱いを直ちに我が国のバックペイ命令の解釈にとり入れることはできない。というのは、米国の労働組合は、我が国のそれが事業所毎に結成されているのと異なり、いわゆる横断的組織といわれ、職業別、産業別に連帯的に一つの組合を組織しており、労働者は自己に有利な職場を求めて比較的頻繁かつ容易に転職し、会社に所属するというよりもむしろ労働組合に所属しているとすらいわれているのであるから、不当労働行為により解雇された労働者が解雇期間中他で就労して中間収入を得た場合、その中間収入は解雇前の職場における就労の継続によつて得る賃金と同等視することができるものと考えられ、そのような労働事情を背景として、コモンローの損害賠償に関するアクチュアル・ロスの法理がバックペイについても作用していると思われるのに対し、終身雇用が一般である我が国の場合は、解雇された労働者が他で働いて報酬を得たとしても、それは生計維持のためのものであることが通常であつて、これによつて得られた中間収入を従前の職場における賃金と当然に同等視することはできないと考えられるからである。のみならず、不当労働行為救済命令手続自体についても、米国においては、救済命令が発せられた後、中間収入の控除等を含むバックペイの金額の確定手続があつて、中間収入の控除のための手続的な担保があるのに対し、我が国においては、このような確定手続はないのである。また、我が国の場合、不当労働行為としての解雇についてはこれを私法上無効として司法裁判所において争い、解雇の無効を前提として得べかりし賃金の請求等をすることができると解されているが、米国においては、不当労働行為としての解雇が私法上無効であるという考え方自体がなく、不当労働行為に対する救済はすべて行政機関である全国労働関係局の救済命令にゆだねられ、司法裁判所は、同局が出した救済命令を司法審査する場合を除いては、これに関与しないものとされている。このような労働事情及び法律制度の差異に照らせば、中間収入を控除してバックペイを命ずるという米国における取扱いは、我が国のバックペイの解釈にそのままとり入れるべきものではなく、むしろ、既に述べたように、労働委員会の救済命令では、中間収入はこれを控除すべきでないとすることが、我が国の労働事情及び法律制度に最もよく合致する解釈であると考える。

以上の次第であつて、得べかりし賃金相当額全額の支払いを命じた上告委員会の本件バックペイ命令には、中間収入を控除しない点においてなんらの違法はなく、また上告委員会が中間収入の控除以外の点でその裁量権の行使を誤つたことについては、なんらの主張、立証がないのであるから、結局、本件バックペイ命令を違法とする被上告人の主張は、理由がないといわなければならない。

よつて本件は、右と異なる判断に立つ原判決を破棄し、第一審判決を取り消し、被上告人の本件救済命令の取消しを求める請求を棄却する判決をすべきものと考える。

裁判官団藤重光、同本林譲、同服部高顕、同環昌一の反対意見は、次のとおりである。

一  労働組合法(以下「法」という。)二七条に定める労働委員会の救済命令制度の趣旨、目的及び救済命令の内容の決定について労働委員会に与えられた裁量権に関して多数意見の説くところは、おおむねこれを支持すべきものと考える。

しかし、多数意見が、法七条一号に違反する労働者の解雇に対する救済命令としての原職復帰及びいわゆるバックペイ命令の趣旨、目的に関して説くところについては、われわれはこれに賛同することができない。すなわち、多数意見は、不当労働行為としての解雇を、被解雇者個人の雇用関係上の権利ないしは利益に対する侵害と、当該使用者の事業所における労働者らの組合活動一般に対する侵害との両面においてとらえ、救済命令の内容もまた、この両面における侵害の結果の除去という観点から考慮、決定されるべきものとしているが、この点については、われわれは、むしろ端的に、使用者の事業所における組合活動一般に対する侵害の面に着目して一元的・統一的にこれをとらえ、救済命令についても、専ら右の観点からその必要性と適切性を判断してその内容を決定すべきものと考えるのであり、このことは、ひいては本件の処理に関する結論の差異にも導くのである。

そもそも、法七条一号が労働者の正当な組合活動の故をもつてする解雇その他の不利益扱いを不当労働行為として禁止しているのは、個々の労働者の雇用関係上の権利ないしは利益の保護のためというよりは、むしろ、使用者が、このような権利ないしは利益の侵害という手段により、自己の事業所における当該労働者を含む労働者らの団結権及び団体交渉権その他の団体行動権の行使に干渉し、これを抑圧しようとすることを封ずるためである。使用者が、正当な組合活動をした労働者に対し、その故をもつて解雇その他の不利益取扱いをする行為は、あるいは当該労働者をその事業所から排除することにより、あるいは不利益を課することの威嚇力により、当該事業所における労働者らの正当な組合活動に対して抑圧的ないしは制約的効果を及ぼすものであつて、法が不当労働行為としてこのような行為を禁止しているゆえんも、そこにあるのである。

正当な組合活動の故をもつてする解雇その他の不利益取扱いの不当労働行為性が右の点にあるとすれば、これに対する労働委員会の救済命令もまた、これらの行為の組合活動一般に対する抑圧的・制約的効果の除去に向けられるべきものであり、具体的には、不当労働行為の内実をなす不利益そのものを除去し、このような不当労働行為がなかつた場合の状態にかえすのに役立つような内容の命令を発するということにならざるをえない。不当労働行為としての解雇に対する救済命令として被解雇者の原職復帰とバックペイが命ぜられるのは、専ら右の趣旨によるものとして理解すべきである。

二  本件における問題は、不当労働行為により解雇された労働者が原職復帰までの間に他で就労して収入を得た場合、バックペイ命令としては、原則として、得べかりし賃金相当額から右の中間収入の額を控除しなければならないかどうかである。一つの見方からすれば、右の場合、被解雇者は、解雇によつて事実上自由となつた労働力を利用した対価として一定の収入を取得した限度において、解雇によつて受けた雇用関係上の不利益を回復したものと考えられなくもない。さきの当裁判所昭和三六年(オ)第五一九号同三七年九月一八日第三小法廷判決・民集一六巻九号一九八五頁及び本件の第一審判決、原判決は、いずれもこのような見解をとるものと認められる。

しかしながら、前述のように、不当労働行為としての解雇を組合活動に対する侵害としてとらえ、これに対する救済命令の内容を専ら組合活動一般に対する抑圧的・制約的効果を除去して法の所期する労使関係秩序の回復、確保をはかるという観点から決定すべきものと考えるときは、被解雇者の中間収入の有無は救済命令において必要に応じて顧慮されるべき一要素にすぎないものとみるべきであるのみならず、これを考慮する場合においても、被解雇者の他での就労による賃金の取得と、解雇がなかつた場合における従前どおりの就労によるそれとを当然に同等視することはできない。被解雇者の他での就労は、通常、解雇期間中における生計維持のためにやむなくとられる措置であり、しかも、労働の種類・性質・内容、労務環境、その他の就労をめぐる諸条件等の相違により、その者が受ける負担にはおのずから大小の差があるし、また、就職の難易によつては、就労に至るまでの精神的・肉体的・物質的負担にも看過することのできないものがある。これらの事情は、被解雇者及びこれと同じ立場に立つ可能性をもつ他の労働者らの眼からみて、右の中間収入を従前の職場における就労の継続によつて得る賃金と当然に同等視することを困難ならしめるものであつて、このことは、前述した解雇の抑圧的・制約的効果の除去という観点からみるときは、決して無視することのできない要素である。

このようにみてくると、中間収入があつたからといつて当然にそれだけ被害の回復があつたとすることはできないのであつて、前記のような諸般の事情に照らし、組合活動一般に対する侵害の除去の観点から、右の中間収入の取得をもつて被害の回復があつたとみるべきかどうか、また、どの程度に回復があつたとみるべきかを検討し、救済の必要性との関係においてその控除の要否及び程度を決定すべきものといわなければならない。そればかりでなく、除去されるべき組合活動一般に対する侵害の程度は解雇の具体的事情に依存するところ少なくないのであり、救済命令の内容を定めるにあたつては、かような解雇の事情をもあわせ考えなければならないのは当然であろう。これらすべては、複雑な要素の総合的考慮に基づく微妙な判断を要する問題であり、法は、まさに、その故に、これについての適切な決定を労働問題につき専門的知識経験を有する労働委員会の裁量にゆだねたものと解されるのである。それ故、右の点に関する労働委員会の決定を審査する司法裁判所としては、その決定が、上記の諸事情に照らしてみて、労働委員会がこれらの事情を公正かつ誠実に考慮し、法の趣旨に沿つて判断を行つた結果とは考えられないほどの明白な不合理性を有する場合にのみ、これを裁量権の限界を逸脱するものとして違法とすべきものと考える。

前記の当裁判所昭和三六年(オ)第五一九号同三七年九月一八日第三小法廷判決は、上記説示と抵触する限界において、変更されるべきものと認める。

三  これを本件についてみると、原審の適法に確定したところによれば、上告補助参加人戸所保外五名は、本件不当労働行為である解雇を受けたのち、他のタクシー会社に自動車運転手として雇用され、賃金を得ていたものであるところ、多数意見は、右の中間収入がタクシー会社における自動車運転手としての就労によるものである点において従前の就労による賃金の取得と性質、内容を同じくすることを理由として、解雇による個人的な経済的被害の救済という観点からは当然にその控除を考慮すべきものとし、また、当時のタクシー業界における運転手の他会社への転職が比較的頻繁かつ容易であり、本件においても前記上告補助参加人らが解雇後比較的短期間内に他に就職していること等の事実を挙げて、組合活動一般に対する侵害除去の観点からも、解雇による被解雇者の打撃及び労働者らの組合活動意思に対する制約的効果がいずれも比較的軽少であつたものと認め、これらの点から、他に特段の理由が示されない限り、バックペイの金額の決定にあたつて右中間収入の控除を全く不問に付することは、労働委員会の裁量権行使の合理的限界を超えているものと断じている。

しかしながら、われわれは多数意見のように被解雇者の個人的な経済的被害の救済という観点を持ち出すことに反対であるのみならず、右の中間収入の取得を従前の就労の継続による賃金の取得と同等視すべきかどうか、これによりどの程度被害の除去があつたとみるべきかについても、われわれは、前述のように、右のような両労務の性質、内容の同一性や転職の容易性、頻繁性のほかに、なおさまざまな事情を考慮して判断されるべきものと解するのであり、われわれの見解においては、多数意見の指摘する諸点から直ちに、バックペイの額の決定にあたつて右の中間収入の額を控除しないこととした上告委員会の決定が、上記諸事情を公正、誠実に考慮した結果の判断とは考えられないほど明白な不合理性を有するものと断ずることはできない。そして、本件においては、他に右のような明白な不合理性の存在を肯認させるような主張、立証がないのであるから、結局、本件バックペイ命令を違法とする被上告人の主張は、理由がないとするほかはない。

四  以上の次第であるから、右と異なる判断に立つ原判決を破棄し、第一審判決を取り消し、被上告人の本件救済命令の取消しを求める請求を棄却する判決をすべきものと考える。

(岡原昌男 下田武三 岸盛一 天野武一 江里口清雄 大塚喜一郎 高辻正己 吉田豊 団藤重光 本林譲 服部高顯 環昌一 栗本一夫)

上告人の上告理由〈省略〉

上告補助参加人組合代理人渋田幹雄、同土生照子、同安田叡、同石野隆春の上告理由〈省略〉

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